演説をして今思うこと

  実際に遊説を終えて、改めて、非常に濃密な期間であったように思う。

たった数人が声を上げたところで何も変わらないんじゃないか?”と思ったこともあったし、多くの人がまるで広告塔を見るかのように足早に過ぎ去っていくのを見て、様々な思いが込み上げてくることもあった。

 

しかし、全国35箇所で演説をし、今思うこと。

それは「声を上げるのは決して無駄ではない」ということだ。

どこであっても真剣なまなざしでこちらを見つめる人々がいた。通りすがりの方の中で、「若いもんに希望をもらったよ!」「がんばりな!」と励ましてくださった方々が何人いたかわからない。

 

実際に、今の日本や世界の情勢を見て、“希望があるなぁ”などと感じる人は多くはないと思う。

しかし一方で、誰もが日本の将来に希望を持ちたいと思っている。誰もが“希望”を求めている。

 

私たち若者はどうあるべきだろうか? これからの日本を担う若者はどうあるべきだろうか?

 

今、周りを見渡してみても、「この日本をどうするか? この世界をどうするか?」と考える若者は少ないように感じる。

“いかにラクして楽しく生きるか”が多くの若者のモットーになってしまっているように感じられる。

 

しかし、日本を担うのは我々若者である。現実が困難であればあるほど、悲嘆するのではなく、私たちがなんとかしてやろうと、私たちが“希望”になろうと立ち上がる情熱を持っているのが、我々若者である

 

日本を憂い、救国救世を掲げて声を上げた第一歩は、小さな一歩だが大きな一歩であった。

さらに多くの若者が救国救世の旗を掲げて立ち上がり、共に戦ってくれることを心から願う。

 

(東京大学2年 文科一類 男性)